水路と壁
バンコクの我が家は大きなコンパウンド・集合住宅地の中のある行き止まりにありました。その住宅地はさらに大きなスラム街に接していましたが、有刺鉄線が天辺に張られた高い塀で囲まれており、私たちとスラム街は完全に分けられていました。
その塀によって行き止まりになっていることで人通りが少なく、我が家の雰囲気は居心地よかったので個人的には好きでしたが、塀のあからさまな有様はセキュリティーを正当化するように思えないものでした。
塀の向こう側での人生での重荷や幸せは私たちとそう変わらないでしょうし、実際彼らはこちら側で暮らしている風変わりな外国人のことなど気にしていないのです。
今回は犯罪ではなく、その塀の向こう側で起こった最悪の出来事の話です。
大都市バンコクは広大な湿地帯の上にあります。都市を作るにあたり、すべての細流にいたるまで水の流れる場所はくまなく掘りさげられてコンクリートで固められました。そのため現在のバンコクの水路と河川は陸の生き物にとってもっとも危険な場所になりました。水路や河川には高い堤防がついていて、それはねずみさえ登ることもできないほど急で滑りやすいのです。
そのような水路は私たちの住宅地の高い塀のすぐ後ろにありました。暗くてごみがたくさんたまっていて悪臭のする痛ましい光景ですが、バンコクでは普通です。
この家に引っ越してまもなくの夜、私は叫び声と水しぶきの音で飛び起きました。私は家の上の階の窓で水路が見えるところに走りました。
犬が水路に落ちていました。犬は犬掻きで行ったり来たりしながら水路から抜け出るところを探しています。そして数秒ごとに胸が張り裂けそうな声で鳴き叫びます。
犬はごみでできた小島に空しく這い上がろうとしましたが、足をかけたところはすぐに深く沈みこみ、彼の周りだけ輪のように盛り上がります。私は先日漂っていた冷蔵庫を思い出し、見渡しましたがすでにありません。
ひどい鳴き声につられて私の飼い犬たちも鳴き始め、熟睡していた妻も起きてきました。何がおきているかを見たとたん、妻は泣き出してしまいました。私は妻を抱き寄せました。その蒸し暑さにもかかわらず震えています。午前2時か3時であったに違いありませんが、バンコクはまだスティームサウナのようでした。
かなしいことですが発展途上国に長く住んでいると苦しみを目にするのになれてしまうこともあります。でも少なくとも何か試せることがある限り、私はただ見ているだけではいられません。
住宅地と外界を隔てる壁は高すぎて上れません。たとえはしごをかけても壁の上には有刺鉄線が張られています。
犬は小さな命の限り鳴き叫びながら必死で水をかいています。
私はスニーカーを掴んで走り出しました。最初の1,2キロは壁とは反対方向、スクンヴィット通り(バンコクの動脈のひとつ、8車線の交通量の多い道路)に向かって走りました。スクンヴィット通りに出ると右へ曲がり、最初の大きな交差点に向かいます。
すごく早く走りました。任務のため走っていると感じて前向きでした。実際は20キロのオーバーウェイトでそう早くもなかったのですが。
大型トラックや車はクラクションを鳴らしてきます。暗闇の中を頭のおかしな外国人がパジャマとスニーカー姿で大急ぎで走っているのです。
大きな交差点で私は右に曲がりました。そこはスクンヴィット通りより少し小さい4車線の道路です。そしてそこからさらに右に曲がります。すなわち私たちの住宅地の周りを広い円をかくように走って、ようやく我が家の壁の裏側の水路にかかる橋までたどり着きました。橋を渡って住宅地との壁のすぐ脇に、人ひとり歩けるくらいの小さな道がありました。
私が我が家の裏についた時、妻は水路を見ることができる木に登っていました。
犬はまだ生きていましたが、鳴き声の合間にはゴボゴボいっています。彼は登ろうとして壁をかきむしっていましたが、そこは滑りやすい苔が生えています。私は腹ばいになり土手から身を乗り出しました。
私を見ると、犬はきしむように鳴いて逃げようとしました。彼は典型的な中型のストリートドッグでした。決まった飼い主はない半野良で人に対して用心深いのです。
私は彼の首あたりを掴み引っ張りあげました。彼はこんな状態の時でさえ自分の命を守ろうとして私の手首に噛み付きました。今度は私が泣き叫ぶ番です。そして私は彼を空中に放り投げるように放してしまいました。
犬は壁にぶつかって、幸運にも壁のすぐ横の小さい道に落ちました。
一瞬私と犬はお互いを見つめました。私は運動不足からの激しい息切れ、彼は怯えていました。
次に彼は走り出そうとして・・・・、また水路に落ちてしまったのです!
彼は水をかきながらもう一度鳴き叫ぶことになりました。
私はかなり滅入っていましたが、木の上の妻はそうではありません。
一度学んだので、今度は犬の尻尾を掴み逆さまに引き上げて、かまれないよう振って安全なところにおろしました。私は尻尾が切れてしまうのではないかと心配でしたが何とかもちこたえました。彼のようなストリートドッグはタフな輩です。
私が尻尾を放すと同時に、彼は暗闇の小道に姿をけしました。もう水しぶきの音はしません。彼もまた学んだことでしょう。
そしておそらく彼は水だけでなく、バンコクでまことしやかにささやかれる犬食い(すべてのバンコク野良子犬の悪夢!)からも逃れたと感じているはずです。
私はひとり泥だらけで残され、出血しながら激しく息切れしていました。
お礼を言ってもらえるなどと期待するものではありません。
しかしながら、妻にとっては私は英雄でした。家に帰るとビールで迎えられ、何度も抱きしめられました。
次の日、私は住宅地の壁の非常口の錠前を叩き壊し(もちろん、鍵はなかったのです)、水路側に出られるようにしました。そして釣具店でおおきな網を買いました。
我が家では定期的にオオトカゲ、鳥、猫などを水路から救い出しました。でもほとんどは犬、それも子犬でした。彼らはただ愚かすぎるのです。
また、我が家では我らの愛犬が水路を警備するための見張り塔を設置しました。(写真)
何かが水路に落ちると愛犬は吠えて知らせます。そして私たちは網を用意するのです。
エドワード・ブリストル»